緑黄日記

水野らばの日記

「お部屋見学ツアー」を開催したい

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架空の女の子を部屋に招き、「お部屋見学ツアー」を開催することがある。

 

 

 

私は京都の端っこにひっそりと佇む安アパートの一室に住んでいる。今日まで、自室に誰かを招いたことは一度としてない。ここに足を踏み入れたのは、郷里の両親と水道の修理業者、あとは小さな節足動物くらいなものである。しかし、いつかは誰か、具体的にはウルフカットの似合う背の低い可愛らしい女の子が「お邪魔しま~す」とやってくるかもしれない。

 

この部屋に女の子が訪ねて来た場合、まずやることがある。それが「お部屋見学ツアー」だ。今後、彼女は何度もこの部屋を訪れることになろうだろう。もしかしたら、合鍵を渡すなどという甘美なイベントが発生するかもしれない。もう、この部屋は既に彼女のものと言っても過言ではない。そうなれば、初めてこの部屋に訪れた彼女に部屋の紹介をするのが筋というものだ。内見のようなものである。

 

私はイマジナリーガールに部屋の案内をする。

 

 

 

「さて、こちらがキッチンです」

 

私は台所を手で指して言った。一般的な単身者用の台所だ。置いてある陶器はラーメン丼とマグカップのみである。私は全ての"皿の必要性"をラーメン丼のみで賄っている。彼女は水道やコンロ周りをマジマジと見た後、ポケットからスマホを取り出してパチリパチリとシャッターを切る。

 

「綺麗にしているんだね」

 

「使わないと汚れませんからね。ご存知の通り、私はほとんど料理をしません。ここで最後にした料理は"アボカドを切る"でした。ちなみに、この家にまな板はないので、インスタントカレーのパッケージをまな板にしました」

 

「なんで料理しないの?」

 

「私は刃物や火を恐れているのです」

 

「小動物みたいだね」

 

 

 

私は向き直り、台所横の冷蔵庫を指した。

 

「さて、こちらが冷蔵庫です」

 

高さは私の胸ほど、経年劣化で少しくすんでいる。冷蔵庫の上には電子レンジが乗っており、その上には炊飯器が乗っている。古代宇宙観味がある。彼女はまたもスマホを構えてパチリとシャッターを切っている。背の低い彼女が横に並ぶと冷蔵庫が大きく見える。

 

「これはですね、使い始めてもう10年にもなります。元々は父君が単身赴任時に使っていたもので、私がひとり暮らしをする時に譲り受けたました」

 

彼女は最上段の炊飯器に手を伸ばし、蓋をパカっと開けた。そして、開いた炊飯器の蓋を戻そうとするも、手が届かないでいる。私は彼女に代わって炊飯器の蓋を閉める。

 

「この冷蔵庫はダイニングテーブルを兼ねています。最近、食事に使っていたローテーブルを衝動的に捨てたら、食事をする場所がなくなってしまったので、今は冷蔵庫の上でご飯を食べているのです。本日、我々はここで食事を摂る予定です」

 

「立ち飲み屋じゃん」

 

 

 

我々は6畳部屋に移動した。

 

簡素な部屋である。フローリングに接地しているのはパソコンデスク、本棚、マットレスのみ。よく言えば片付いている、悪く言えば面白みに欠ける。私は「少ないこと」に美徳を感じている部分があるので、このようにシンプルな空間が心地よいのだ。

 

「こちらが本棚です」

 

本棚には小説や漫画が多く敷き詰められている。棚の上にはイラスト集やパンフレットや小瓶に入れた花などが飾られている。ここに置いていた『池田エライザ写真集』は彼女が来る前に押し入れの奥へと隠した。彼女は本棚の写真を撮った後、綺麗に整列している本たちを繁々と眺めている。

 

「同じ本がいくつかある」

 

「そうですね。新刊だと思って購入したものが既に購入済みだったり、古本屋で"あーこれ持ってる持ってる"と所有本を買ってしまうので同じ本が何冊かあるのです」

 

「『ハチミツとクローバー』が2セットあるね。好きなの?」

 

「好きというより、これは信仰です。大切なことは全て『ハチミツとクローバー』から教わりました。いや、正確には『ハチミツとクローバー』に描かれていること以外で大切なことなんてこの世に存在しないのです」

 

「強めのイデオロギーだ」

 

 

 

「こちらが押し入れです」

 

私は押し入れの折れ戸を引いた。3段あり、下段には衣装ケースと掃除機、中断には突っ張り棒にシャツがかけてあり、上段には冬布団が収納されている。彼女は身体を曲げて下段を覗き、身体を伸ばして上段を仰ぎ見る。

 

「ここは主に服類があります」

 

彼女は中段にかけてある柄シャツを取り出して眺めている。

 

「この前、衣替えをして秋服を引っ張り出しました。そういえば、衣替えをする度に"服すくなくない?"と思います。恐らく、この押し入れの中で服たちは戦っていて、弱い服が淘汰されているのかもしれません」

 

「蠱毒じゃんか」

 

 

 

押し入れの戸を閉めたあと、私は彼女に向き直った。

 

「そして、こちらが私の好きな人です」

 

彼女は「えへへ」と小さく漏らし、わざとらしく頭を掻く仕草をする。

 

「写真は撮らないのですか?」

 

「え~、じゃあ一緒に写ってよ」

 

 

 

 

誰か、助けてくれませんか。