緑黄日記

水野らばの日記

マッチングアプリを試したい

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美容師さんにマッチングアプリを勧められた。

 

 

 

美容室にて、初顔の青年に髪を切ってもらっていると、恋人の有無の話になった。私は恋愛の妙味を知らずに人生を送り、この美容室までやって来た。当然の帰結として、実在する恋人はいない。私は青年に「今は」という点を強調する虚勢を張り、恋人はいないと伝えた。すると、青年は「マッチングアプリやってみたらどっすか?」と提案した。

 

 

マッチングアプリとは、個人同士の出会いと交流の場を提供するアプリであり、色恋を目的としたものを指すことが多い。出会いを求める男女がアプリ上でプロフィールの閲覧、メッセージの交換、通話などを行い、そして現実世界で邂逅する。実際、この青年はマッチングアプリを介して知り合った女性と交際しているらしい。

 

 

 

青年、もとい先生からレクチャーを受ける。マッチングアプリにおいて、とりあえずのゴールを「デート」とした場合、以下のような手順をとるようだ。

 

・顔写真やプロフィールを見て好ましい相手に「いいね」を送る

・「いいね」をした相手に「いいね」を返される(これを「マッチ」という)

・テキストメッセージのやりとりを重ねる

・通話でおしゃべりをして仲を深める

・デートの約束を取り付ける

・会う

 

 

 

青年は「水野さんなら余裕っすよ」と言った。

 

私ならマッチングアプリで容易にデートまで漕ぎ着けることができるらしい。慎ましく隠しすぎて自分でも見つけられなくなった私の魅力を初対面で見抜くとは、大した観察眼である。次回もこの青年に髪を切ってもらおうと思う。

 

私は「余裕っすよ」と言われたのに気をよくし、洗髪をしてもらっている間、脳内でマッチングアプリを試してみた。

 

 

まず、顔写真を含むプロフィールの登録だ。ここが第一の関門であることは想像に難くない。ここは言わば足切りだ。自身を煌びやかに着飾り、女性に好ましく思われなければならない。

 

まあ、私は問題はないだろう。

 

私はある程度の収入を得ているし、趣味も『サッカー』『読書』『音楽』と色男ラインナップである。そして、容姿は秀麗、頭脳は明晰、社会的有為な人間としての片鱗を隠しきれていない。なんら着飾ることなく、ありのままの自分をプロフィールに登録した。

 

 

 

多数の女性から「いいね」が届いた。私は顔を覆った白い布の内側でニヤニヤとする。私は「マッチ」した女性たちとテキストメッセージのやりとりを始めた。

 

私は毎日のように日記を書き、ときどき当ブログに雑文を認めているほど多くの文章を書いている。それもこれも女性を陥落させる魔術的文章力を手に入れるためである。努力は結実し、その技術の完成は近い。つまりは、私の腕にかかればテキストメッセージのやりとりで女性を転がすなど容易いということだ。

 

 

 

何度かテキストメッセージをやりとりしていた女性から「通話しませんか」と提案された。

 

ここで私は困った。

 

会ったこともない女性と何を話せばいいのか全く分からない。

 

私は会話が不得手だ。テキストメッセージでのやりとりのように、返答を考える時間が多分にある場合には問題ないが、通話や対面での会話となると、途端に自信がなくなる。自信がないというか、あたふたしてしまう。

 

当意即妙の受け答えが下手っぴで、何を喋るか考えている間に、多くの時間が過ぎる。この間に耐えられず、考えがまとまらないうちに言葉を発すると、大抵の場合、事故が起こる。以前、仕事で知り合った初対面の壮年男性に、初手で「娘が産まれたら付けたい名前とかありますか?」と言ってしまったことがある。あれ以来、考えのまとまらないうちに喋るのはやめた。

 

よく知らない女性との会話なんて、10秒で話題が尽きる自信がある。電話の向こうの女性と私の共通項なんて、「人間であること」くらいしかない。私もあなたも人間ですよね、そうですね、そんなやりとりをして沈黙が訪れることが容易に想像できる。

 

 

 

彼女から着信があった。私は通話ボタンを押す。もう、あたふたしている。

 

「はじめまして、水野です」

 

「はじめまして」

 

「私は人間なんですけど、あなたはどうですか?」

 

「私も人間ですよ」

 

そして訪れる沈黙の間。予想通り、話題が尽きてしまった。もう喋ることなんてひとつもない。あたふたしながら会話の糸口を探していると、静寂を切り裂くように声が響いた。

 

「痒いところないですか」

 

助かった。

 

 

 

会計時、青年に「マッチングアプリ向いてなかったです」と告げた。青年は怪訝そうな顔をしていた。