緑黄日記

水野らばの日記

職務経歴書に『ジゴロ』と書く

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異国への移住を検討している。

 

私には、南方の異国に居を構える友人がいる。時折、この友人から生活の便りが届く。照りつける日差し、青い海、青い空、エキゾチックな街並み、低予算で美味しい料理、居住しているコンドミニアムに併設されたジムとプール、道端で惰眠を貪る人々、水圧の弱いシャワー、公道を闊歩する2メートルのオオトカゲ、非常に魅力的である。そんな南国生活の話を聞いているうちに「南国に住もうかな」という思いがむくむくと湧き起こった。こんな、アイドルが1日だけ警察署長の任に就くような不思議な島国を飛び出して、南国に生活の拠点を構えたい。そういうわけで、私は夢の南国生活に向けて計画を練り始めた。

 

しかし、この計画は早くも暗礁に乗り上げる。

 

南国生活への障壁、それは『お金』である。生活を営むにはお金が必要だ。現在、私はペラッペラに薄いお給金で働く身であり、その上、お風呂場で踊っていたら蛇口を折ってしまい、多額の修理費用を払ったりしている。貯金通帳には一般に『可愛い』と形容される数字が記載されている。夢の南国生活を叶えるためには働く必要があるということだ。しかし、私には南国で働けるような能力も気概もない。働かなければ生活が営めない、働いていては日本を離れられない、剣を握らなければおまえを守れない、剣を握ったままではおまえを抱き締められない。どうしたものであろうか。

 

そんなジレンマに苦悶していると、悪魔の囁きが聞こえてきた。

 

「友人の家に転がり込んじゃえよ」

 

友人が起居するコンドミニアムの部屋はまあまあ広いらしい。身体の薄さに定評のある私だ。挟まる隙間くらいはあるだろう。勝手に押しかけ、「ごめんごめん、今日だけ今日だけ。明日出て行くからさ」と謝りながら宿泊を何日も繰り返し、なし崩し的に居座れば良いのではないか。そして、ご飯を作ってもらい、洗濯をしてもらい、「ちょっと今月厳しくてさ」と言いながらお金も借りる。これは実に悪魔的妙案である。決して、阿保の思いつきなどではない。

 

これで目処はたった。あとは世情が安定するのを待つばかりだ。私の心はもう南国にある。

 

計画通り、私は友人の家に転がり込んだ。

 

晴れて、南国生活を手中に収めたのである。私は南国を謳歌する。ビーチでマンゴージュースを舐め、4足で闊歩するオオトカゲを触り、路傍で惰眠を貪る。しかし、そんな生活はいつまでも続かなかった。この世には『ビザ』と呼ばれる現実がある。私は友人と南国に別れを告げ、泣く泣く帰国の途に就いた。そして、私は就職活動を始めることになる。

 

南国に逗留していた期間は就学も就業もしていない。やっていたのは「家主が帰ってくるのをニコニコして待つ」ただそれだけだ。『ヒモ』という二文字で呼ばれても仕方がない。しかし、しばし待て。私がこの生活を送っていたのは異国だ。異国のヒモ、これはもう『ジゴロ』である。経歴に『ジゴロ』がある人生、どう考えても格好良い。

 

職務経歴書にも『ジゴロ』と書く。大学生、会社員、学校教員、ジゴロ。「海外でジゴロをやっていた」という経歴は就職活動においても有利に働く。採用の面接において、スーツをパリッと着こなしたナイスミドルが私の職務経歴書に目を落とし、『ジゴロ』と称された期間について質問をぶつけてくるであろう。私はそれに胸を張って応える。

 

「ジゴロとしてどのような生活を送っていたのですか?」

「家の主人が仕事に出かけたあとは、"主人が帰ってくるまで待つ"というのをやっていました。時々、散歩をして、屋台でお昼ご飯を食べ、海を見て、リスを追いかけ、サルに怯えたりしていました」

 

「ジゴロ生活での一番の思い出はなんですか?」

「脱いだ服を脱ぎ散らかしていることを指摘され、それをきっかけに家主と諍いが起こり、家を追い出されそうになったことがあります。私は家主の靴を舐めることによってその窮地を脱しました。こういった目的達成のためにプライドを捨てられることも私の強みであるかと思います」

 

「ジゴロとしての経験は、弊社で働く上でどのように活かせそうですか?」

「私は、仕事から帰ってきた家主に"本日どんなことがあったか"を喋ると家主からお小遣いを貰えるシステムを確立しました。この企画立案能力、そして巧みな話術は必ずや御社で発揮されることでしょう」

 

即、採用である。

 

そして、職場では仕事をせず、他の社員に養ってもらう。ジゴロなので。