緑黄日記

水野らばの日記

aikoなら理解できる

 

f:id:rabamizuno:20210516195119j:plain

 

夜、私はマックに居た。

 

私は何のドラマも起こせなかった平々凡々な日をマックで挽回しようとするきらいがある。まあ、安い企みはいつも失敗に終わり、ただただ『マックで夕ご飯を食べた人』になるのが関の山だが。「人生一度きりだし、マックのアルバイトに応募して、ドライブスルーのマイクに向かって”アルバイトの面接に来ました水野です”と叫ぶ大ボケをしたいな」と思いながらベーコンレタスバーガーを貪る。

 

隣席には若い男女が向かい合って座っていた。男性の方はタイニーな白のTシャツに、これまたタイニーなダメージジーンズと、その筋骨隆々な身体を惜しみなく強調している。女性の方は白のフルジップパーカーにショートパンツ、そして、派手な金髪という出立ちだ。私の辿ってきた人生行路にはあまり登場してこなかった風貌の人間たちである。故に、女性の方に視線を向けてしまったら最後、「てめえ、なに俺の女の見てんだよ」とボコボコにされるのではないかと勝手に戦々恐々としていた。偏見とは往々にして無知からくる。

 

彼らを横目に観察していて気が付いたことがある。男性の方が耳にワイヤレスイヤホンをしている。このふたりがたまたま相席になった他人ということはないだろう。友人か恋人か夫婦か。しかし、男性の方はワイヤレスイヤホンを耳にひっかけ、ひとりきりの世界に浸っている。私は思った。「こいつ、何を聞いているんだ!」と。

 

街中で、誰かと一緒にいるのにも関わらず、耳にワイヤレスイヤホンをしている人をよく見かける。友人や恋人と思しき人間と時間を共有しながらも、ひとりで何かを聞いている。そういう彼らを見て、彼らが何を聞いているのか、私は知りたいと思っていた。

 

何を聞いているか、各人によって千差万別であることは承知している。音楽だったり、ラジオだったり、般若心経だったりするだろう。しかし、問いたい。「何を聞いているんだ!」と。

 

他者と同じ時間を共有する。それはとても素敵なことだ。殊に、私は普段ひとりでいる時間が多い。運よく他者と休日を共にする機会に恵まれれば、前日からトークテーマとそれに付随するエピソードトークを考え、メモ帳に書き出すような人間だ。私のような凡骨と共に同じ時間を過ごしてくれる慈悲の深い人間に少しでも娯楽を提供しようとする。できることなら目に見える価値として、お金を払いたいくらいである。そんな私から見れば、友人なり恋人なり、他者と一緒にいる時にイヤホンで何か聴き、自分だけの世界に入り込むような行為は他者を蔑ろにしているような心地になってしまう。

 

この隣席にいる男性は、この素敵でかけがえのない時間を捨ててまでも、この瞬間に聞きたいものがあるということだ。他者と街まで繰り出し、他者と共有する時間よりも優先できる音声、そんなものがあるのだろうか。

 

 

aikoなら分かる。

 

例えば、彼らは恋人同士ではない。関係性としては友人ということになるだろう。男性は向かいに座る女性に恋愛感情を抱いている。しかし、女性の方は男性のそんな思いを露知らず、最近別れた元恋人の愚痴を垂らす。そればかりか「新しい恋したいわ~誰かいないかな~」なんて言っている。

 

本日のお出かけは、彼が彼女の離縁を聞いて、「じゃあ、ふたりで出かけてもいいじゃん」と映画に誘って実現したものである。映画館に行った後、彼らはマックに寄った。そして、現在に至る。このような状況で彼は思った。今日こそ彼女に想いを伝えようと。

 

しかし、今まで友人だった相手に恋愛感情としての好意を伝えるというのは並大抵のことではない。彼が持ち合わせている勇気を総動員しても僅かばかり足りなかった。そこで、彼はaikoの力を借りることにした。背中を押しても貰おうとaikoに縋る。aikoの詩に、声に、音楽に。そして、彼は彼女にタイムを要求し、イヤホンを取り出し、iphoneを操作する。

 

あたし あなたと知り合うまで

何をして生きて来たんだろうか?

忘れてしまいそうな位

 

大きな鞄にもこの胸にも収まらないんじゃない?

恥ずかしい程考えている あなたの事

あの日から ずっとあなたの事が好きだったんだよ

知らなくたっていいけれど 本当は知って欲しいけど

 

aiko『かばん』

 

 

背の低い「あたし」は「あなた」想う。しかし、甘酸っぱいだけの恋ではない。そこには大きな不安と緊張が渦巻く。彼は筋骨隆々で雄々しい肉体を離れ、精神世界に潜むひとりの背の低い女性「あたし」としてaikoを聴いている。

 

これなら理解できる。

 

私は彼に声をかけるべきだったのかもしれない。「aikoもそう言っていることですし」と。そして、ボコボコにされる。

 

 

www.youtube.com