緑黄日記

水野らばの日記

ともだちと遊ぼう

 

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「○日ひま?」

 

友人からメッセージが飛んできた。僕は「ひま」と返す。すると、「じゃあ、○時に○○に来てよ」と集合場所と時刻だけを伝えられた。僕は承知した旨を送り、スタンプで会話を終わらせる。まことに余白の多いやりとりであるが、ここで「何するの?」「ご飯?遊び?」「どこ行くの?」「誰がいるの?」などと根掘り葉掘り聞くのは無粋である。向こうも子細に説明することはしない。我々にはこのやりとりで十分なのである。相手が『何も知らせない』というある種のボケをして、当日のコンテンツを増やしているのだからこれに乗るのが紳士の嗜みである。最近、我々の間にはこのボケが常態化している。以前も泊まりがけの遊びで何泊するのかを知らされなかった。皆さんは何泊するのか知らされなかったことがあるだろうか。僕はある。

 

集合場所に着くと、見慣れた4人が見慣れた車で迎えに来た。

 

彼らは僕を遊びに誘ってくれる唯一無二、もとい唯四無五の友人たちである。彼らはもともと4人のグループであり、僕はとある音楽イベントでその中のひとりと知り合い、彼らのグループに入れてもらった格好である。彼らは僕という日陰の当たらないジメジメとした底辺でモゾモゾと動くだけの気持ちの悪い生物を迎え入れるような酔狂な人間たちだ。大方、折越しに見る珍獣だと思っているのであろう。または慈悲がバイカル湖のように深いのかもしれない。もしも、万が一、世界が裏返り、僕が結婚式を挙げることになれば、新郎友人席はこの4人の1テーブルだけとなる。

 

僕は車に乗り込む。

 

「で、今日何すんの?」

 

僕は当然の疑問を投げかける。僕が何も知らないで参加することが状態化しているため、毎回この話題から始まる。

 

「えっ!水野くん知らないの?」

「なんで、いつも水野は知らないんだよ」

「水野くんに教えてないの?」

「教えてなかったかも。聞かれなかったし」

「聞かれなくても言えよ。水野も聞けよ」

「まぁ、別になんでもいいかなと思って」

「わからないものにホイホイついて来んなよ。俺はお前のことが心配だよ」

 

車内はのっけから騒々しい。車は大通りを南下している。

 

「水野くん、今からボーリングだよ」

「ボーリング?知ってる知ってる。あのボール投げたりするやつでしょ」

「情報量薄くない?」

「ボーリングか、素足にサンダルで来ちゃったよ」

「ほら!事前に何するか知らせないとこうなるでしょうが!」

「まず、水野の靴下買いに行くか」

 

ボーリング大会はGUで僕の靴下を買うところから幕を明けた。

 

いうまでもないことであるが、ボーリングは十数メートル先の行儀よく並んだピンに向かって重いボールを次々に投げる遊びである。構えて、振りかぶって、投げて、転がるボールを見つめて、ピンがすべて倒れたらみんなでハイタッチする。これを繰り返すのだ。僕はボーリングなどほとんど10年ぶりである。つまりは楽しみ方の勝手がわかっていない。ボーリングを始めてしばらくした後、僕はある思いを抱き始めた。

 

“これ、みんな楽しめているのだろうか”

 

無論、僕は楽しい。ボーリングは新鮮である。しかし、僕が投げている姿を見て、僕の投げたボールがピンを倒す姿を見て、友人たちは楽しいのだろうかと思ってしまったのである。もし、これが退屈であれば、珍獣の嗜みとして予定調和をぶっ壊していなのでなければならない。僕は人間と関わらなかった期間が長いこともあり、人間関係を履き違えているため、「せめて変な人間と思われなければ」という間違った強迫観念を抱えている。せめて面白いと思われなければ友人が離れていくと思っているのだ。スコアで勝負している時に近くにいたボーリングの上手なお姉さんを助っ人として連れてきて投げてもらったりした。

 

ボーリングを終え、ご飯を食べた後、満足感と共に帰宅する。そんな折、ある思いが全身を駆け巡った。

 

“もしかしてひとり暗い部屋で自分と向き合うよりも友人たちと遊んだ方が楽しいのでは?”

 

僕は通っていた大学で、友人が誇張なしにひとりもできなかった。会話をする相手といえば指導教官たる教授と宗教の勧誘、ドラッグストアの店員さんくらいである。そのため、キャンパス内外で何かと群れを形成したがる大学生たちを見て、「他人に自分の輪郭を描いてもらいたくて堪らない奴ら」と蔑み、ひとり暗い部屋で自分と向き合っていた。ご想像の通り、その輪の中に入りたくても入ることが出来ない自分を擁護するために、それらを価値の無いものだと断罪する哀れな遠吠えである。自己を守るために他者を否定する最悪の認知的不協和の合理化である。イソップが僕を見ていたら寓話にしているだろう。

 

1日を振り返ると、そのあまりの楽しさに「そりゃみんな集団で遊びに出かけるわ」と掌を綺麗に返した。芸術点の採点項目があれば満点が出ている。