緑黄日記

水野らばの日記

鴨川納涼床へのお誘い

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鴨川納涼床をご存知だろうか。

 

京都府京都市には、まるで定規で線を引いたかのように南北にまっすぐ流れる河川、鴨川がある。鴨川に沿って軒を連ねる料理店や茶屋が、鴨川西岸を流れる小さな人工水路である禊川(みそそぎがわ)の上に座敷を建築し、料理やお茶を提供する。それが鴨川納涼床である。京都の夏の風物詩だ。

 

ひよこのように小さきお子様だった時分、僕はこの鴨川納涼床の存在を知り、「み、みやび〜!」と思った。人生で初めて『雅』という概念を獲得した瞬間である。川の上に座敷を作る。そんな優雅な文化がこの世に、偶然にも日本にあったのか。世の中捨てたもんじゃないな。このように「誰目線なんだ」という感情を抱いたものだ。殊に、僕は幼少期から『河川』に対して慈しみの心を持っている。僕が幼少期を過ごした出雲という地は、八岐大蛇伝説の元となったとも言われる暴れ川、斐伊川が作り出した平野である。今なお中国山地に降る雨水を集め、渾々と流れる斐伊川が出雲の大地をズバッと横断している。斐伊川とともに生き、ご近所の同級生のように一緒に育ってきた水野少年は、今では大の河川好きである。全国各地の河川を尋ねることをライフワークのひとつとしている。鴨川納涼床に惹かれるのも無理はない。

 

この春、僕は京都市に引っ越してきた。放浪の人生において、鴨川納涼床を楽しむ絶好の機会である。先日、河原町に赴いた際、鴨川納涼床を見に行ってきた。下見とも言える。鴨川納涼床の営業は夜である。星の見えない夜の下、夏の空気を感じながら、四条大橋から鴨川納涼床を見据える。禊川の上に建設された座敷は先斗町の柔らかな明かり、そして座敷に取り付けられたぼんぼりによって煌々としている。鴨川の水面に橙色の光が反射し、陽炎のようにゆらゆらと揺れている。座敷に座る人々は赤ら顔で楽しそうに料理を啄んでいる。まるで鴨川に浮かぶ大きな屋形船のようだ。頭の中に思い描いていた鴨川納涼床に明確な輪郭が引かれる。僕も乗船客となり、あの場所に座りたい。

 

四条大橋を西に渡り、納涼床の裏の路地に入る。ここが先斗町である。異国に住む人間における想像上の京都がそこにはある。僕は納涼床を出している飲食店の前に置かれたメニュー表をひとつひとつ確認する。そう、これは下見なのだ。「鴨川納涼床に座る」という夢はもう手が届きそうなほど現実味を帯びている。メニュー表を見る。さすが先斗町、料理やコースの横に書いてある数字は、給料を餅でもらっている身からすると天文学的にも思えるような大きさである。比較的リーズナブルなお店をいくつか見繕い、スマホにメモ蘭に書き込む。

 

あとは背の低い可愛い女の子を誘うだけである。

 

人生には、『何を為して生きるか』という至上命題(これ、元々は誤用らしいですね)と双璧をなす『誰と生きるか』という命題がある。ひとり鴨川納涼床に座って、鴨川を眺めながらご飯を食べても良いのだが、このふたつの至上命題を完遂してこそ走馬灯に入れるだけの価値のある一時になるのではないかと思う。僕の「鴨川納涼床に座る」という夢は、僕に好意を抱いている背の低い可愛い女の子と一緒に叶えてこそ『完成』するのである。生まれてこの方、僕に好意を抱いている背の低い可愛い女の子に心当たりのあったことは一度だってないが、とりあえず鴨川納涼床へのお誘いの文言を考えてみよう。最近、「文通したいな〜」と思っているのでこの思いを手紙に託す。

 

6月21日

 拝啓。梅雨の候、ご活躍のこととお喜び申し上げます。

 コンクリートジャングル、大阪から京都の地に引っ越してきて、早いもので3ヶ月が経とうとしております。僕の人生において、盆地に根を張り、流れゆく季節を1ページずつパラパラとめくるように眺めるのは初めてのことでございます。やはり、場所が違うと季節も違って見えますね。おそらく、作者が違うのだと思います。

 〇〇さんは大阪の地でコンクリートジャングルを探検する冒険家として奮闘する毎日のことと思います。お元気でしょうか。お怪我などしていませんか。そして、冒険の首尾はどうですか。〇〇さんのことなので、未知の巨大生物を捕獲したり、古代文明の謎を突き止めていることでしょう。新聞や研究雑誌にお顔が載ることがあればご一報ください。

 さて、梅雨も明けると夏が来ます。京都の夏といえば、鴨川納涼床です。鴨川沿いに軒を連ねる飲食店が鴨川に座敷を建設するのです。ご存知でしょうか。夜の闇に浮かぶ座敷はゆらゆらと鴨川をゆく屋形船のようで一層の風情が漂います。

 僕は幼少期より「川に座敷を建築するなんてステキ!」とこの京都の夏の風物詩たる鴨川納涼床に憧憬を抱いておりました。ご縁あって京都という地に生活を構えたのだから、この憧憬を現実のものにするのが美しい人生というものです。

 〇〇さんも御一緒にいかがですか。

 もちろん、僕のおごりです。先日、久しぶりに貯金通帳に記帳したところ、得体の知れない10万円が振り込まれていました。きっと僕の日頃の行いを見た天からの啓なのだと思います。良い人間でよかった。

 唐突なお誘いにさぞや戸惑われたことと存じますが、お返事いただければ幸甚に御座います。

匆々頓首

水野らば

〇〇〇〇様

 

 

「まず、この手紙の送り先を探す方が先決なのでは」と思い始めました。抽選で1名様に著作権をプレゼントします。