緑黄日記

水野らばの日記

大人だから一度くらいタバコを吸ってみたくなって

 

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コンビニでタバコを買った。

 

僕は当ブログ『緑黄日記』とは別に『毎日!緑黄日記』という日記を毎日書いて公開をしている。日々の行動の記録や所感、妄想を日記という形で書いているのだ。今更であるが、なんなんだ、このネーミングは。感嘆符が絶妙にダサい。『おジャ魔女どれみ』の新シリーズ?

 

 

note.com

 

毎日の日記を公開し、読んでもらうからには、当然ではあるが、過去と同様の内容をお届けするわけにはいかない。その今日は新しい生活を、そうでなくても新しい思考や感情を経験し、新しい角度からそれを記す必要がある。しかし、僕は毎日異なる場所で異なる生活をしているわけではなく、基本的には同じ部屋で寝食をむさぼり、同じルートで同じ仕事場に行き、同じ仕事をしている。「日記に記すことが全くない!助けて!」という日もいつかは来るであろう。想像に難くない。半年後であろうか、1年後であろうか、その時に備えなくてはならない。

 

先日、「もう書くことがない!何にもしてない!助けて!」となった。3月の終わりから日記をつけ始め、2週間が経った頃である。早い。予想を大きく凌駕する早さである。想像力がとにかく無い。その日、日記に記せるようなことが全くなかったのである。

 

そういうわけで、苦肉の策としてコンビニでタバコを買ってきた。断っておくが、僕は非喫煙者である。タバコを毛嫌いしているわけではなく、なんとなく喫煙者になるお金と気分と機会に恵まれなかっただけであるが。もちろん、僕は二十歳を優に超えているため、タバコを自分の責任の範囲内で嗜むことができる。『買ったことないものを買う』→『新しい生活』という短絡的な思考だが、日記を書くために形振り構ってはいられないのだ。

 

コンビニでタバコを買った。タバコの銘柄に関して完全に無知だったので緑色のやつにした。緑色が好きなので。クリームソーダを想像させるパッケージには、表面の半分を使ってタバコの身体的リスクについて言い訳のように書いてある。「私は言いましたからね」という感じだ。タバコを吸っている自分を想像しながら帰路に着く。竹内豊くらい渋い。

 

そういえば何故、この世に数多存在する『買ったことないもの』の中でタバコを選んだのだろうか。別にシルバニアファミリーのお家でもよかったのではないか、大吟醸でもよかったのではないか。明確な答えが見つからない。羽海野チカ先生の漫画『ハチミツとクローバー』を読みすぎて、本漫画のタバコを吸う魅力的なキャラクターにサブリミナル的に刷り込まれていたのかもしれない。強いて言葉にすれば、「大人だから一度くらいタバコを吸ってみたくなった」というところであろうか。チャットモンチーじゃん。僕、今チャットモンチーじゃん。えっちゃん、僕チャットモンチーだよ。そんなことを考えながら家までの道を歩いた。もとい、歩き慣れてない夜道をふらりと歩いた。

 

自分のお部屋でタバコに火をつける。

 

ひと吸いでめちゃくちゃにむせた。蕎麦がダイレクトに気管に入った中学生の夏がフラッシュバックする。「ぷかぷかぷかぷか、煙が目に染みるのかしら、えっちゃん(チャットモンチーのボーカル)と同じになれるならそれも乙だな」と思っていたけど、そこに達するまでに無様に転けてしまった。

 

僕は、タバコというのはその性質を増幅させるアイテムだと思っている。竹内豊のような煮出した番茶のように激渋な人間はタバコを吸うことで『渋み』が増す。ちょくちょく差し込んでいるチャットモンチーの『染まるよ』やコレサワの『タバコ』のように切ない曲は、タバコというアイテムによって物語の『切なみ』(こんな日本語があるのか)が増している。マイナスの側面としても、ダサい人間がタバコを吸えば『ダサみ』が際立つし、幼い人間がタバコを吸っていれば「背伸びしちゃって、可愛いな」と『幼み』が増幅される。

 

僕はというと、完全に『阿保み』が増幅されていた。小部屋の端っこで吸えもしないタバコに挑戦し、結果的に涙目になりながら、洗面台でゲホゲホ、ゲーゲーと咳き込む。何故、このようなことをしているか、日記を書くためである。完全に阿保。力の入れどころ、体の張りどころが完全に間違っている。

 

タバコが19本余りました。どうしようか。

 


チャットモンチー 『「染まるよ」Music Video』