緑黄日記

水野らばの日記

ラブレターを書きたい

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僕はよくメモを取る。メモ魔というほどでもないが、日常の心に留めておきたい事柄を思考の断片としてスマホのメモ欄に殴り書いている。先日、メモ欄を見返していると、こんな文言を見つけた。

 

〇ラブレターを書きたい

 

はてな、と僕は思った。全く身に覚えがない。いつ、どういった経緯で、どういった心情でこの文言をメモするに至ったかまるで思いだせない。しかし、しっかりと『〇ラブレターを書きたい』と書いてある。前後などもない。ただこの文言だけがはっきりと書いてあるのだ。恐らくラブレターが書きたかったのだろう。日付を見ると平日だ。仕事中にこのメモ書きを残したということである。なんなんだ。

 

僕は今日に至るまで、ラブレターを書いたことも、送ったことない。加えて、ラブレターを貰ったことがないし、知らずに食べたこともない。そう考えると、僕はラブレターというものを物語の中以外で見たことがない。ラブレターなんて本当は実在しないのではないか、大人の嘘なのではないかという気になってくる。さしずめサンタクロースである。

 

しかし、実在しないものは主体的に行動することによって実在させることが出来る。サンタクロースが実在しないなら自分が誰かのサンタクロースになればいいし、ラブレターが存在しないのであれば誰かに愛を綴った手紙を渡せばいい。

 

というわけで、ラブレターを書きたいと思う。これで、メモ欄に『〇ラブレターを書きたい』と残して死んでいった過去の自分の無念を晴らすことができるであろう。

 

恋する乙女になって同じクラスの男の子、田中君にラブレターを書こうと思う。

 

田中君が好きだ。好きで好きで仕方がない。教室ではついつい彼を視線で追ってしまう。家の机に向かって勉強している時も、お風呂に入っている時も、(田中君、今頃何しているかな)と考えてしまう。もう、仕方がないのでこの好きな気持ちを伝えようと思う。何故なら好きだから。仕方がないのだ。

 

友達は彼の何処が好きなの?と聞く。分かってないなと思う。何処とかではない。好きに理由などないのだ。そう、理由などない。強いて言うなら、クシャッと笑うその笑顔と、机に向かっている時の真剣な眼差しと、たまに後頭部についている寝癖と、少し猫背なところと、遅刻しても堂々と挨拶しながら教室に入ってくることと、学ランの下に着ているきつね色のカーディガンが萌え袖っぽくなっていることと、あと、もう書ききれない。全部好きだ。

 

私は彼と昨年度、そして今年度と同じクラスであるが、喋ったことは数える程しかない。部活もグループも違えば、住んでいる世界も違う。電話番号もメールアドレスもLINEのIDも知らない。彼を呼び出して、彼の顔を見て直接気持ちを伝えるなんて、出来そうもない。そんなことをしたら、恥ずかしくて、あわああアワアワあわわあわ、しどろもどろ、しどろもどろさんになってしまう。想像しただけでこの通りだ。『しどろもどろ』にも敬称を付けてしまう。もう、手紙しかない。手紙とは恋する女子高生が関係性の薄い意中の男の子に好きな気持ちを伝えるために発明されたものだ。私にはうってつけである。

 

お風呂に入って、髪を乾かした後、机に向かい、放課後に雑貨屋さんで買った可愛い便箋を広げた。

 

「拝啓 雨に萌ゆる紫陽花が風情を漂わせる今日この頃、田中様におかれましては、一層ご活躍のことと拝察いたしております。」

 

違う。仰々しいな。私は便箋をくしゃくしゃに丸め、新しい便箋を取り出した。

 

「突然、ごめんね。私、田中君が好き。直接伝える勇気がなくて手紙を書きました。でも好きなの。付き合いたいとかじゃなくてこの気持ちを伝えたいだけなのです。」

 

違う。文章のリズムが悪い。またも便箋をくしゃくしゃに丸め、後ろに放り投げた。丸めた紙を後ろに放り投げるのちょっと気持ちがいいなと思った。

 

そうこうしている間に便箋が無くなってしまった。後ろを振り返ると丸まった便箋がいくつも転がっている。外はいつの間にか明るくなっていた。また明日、いやもう今日か、便箋買いに行こう。

 

 

ラブレター書けなかった。ごめん、メモに『ラブレターを書きたい』と残した過去の自分。