緑黄日記

水野らばの日記

相合傘への誘い文句

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会社を出ると、雨が降っていた。昼までは晴れていたのだが、いつのまにか雨燦燦である。僕はビニール傘を持っている。会社からの帰りに傘を忘れて雨の中を駅までダッシュするというのを2度ほどやって天気予報はちゃんと見た方がいいということを学んだ。僕は頭がいいのだ。傘を開き、帰路につく。空は低く、厚い雲で覆われ、コンクリートむき出しのビルと同じ色をしている。雨粒が傘にあたり、ボツボツと鈍い音を立てていて煩い。

 

帰宅を急ぐ人の流れにふわふわと浮かびながら、駅へと向かった。僕の前方には相合傘をしている大学生らしきカップルが歩いていた。黒髪で背の高い男性が傘を持ち、隣にいるショートボブの女性を雨にぬらさないように後生大事に抱えている。彼の反対側の肩は随分と濡れていた。

 

僕はムカついていた。おい、そこの女、お前傘もってんじゃねぇか。自分で差せよ。おい、いちゃつくな家でやれ家で。と腹を立てた。これは無論、悔しいからである。憧れの裏返しでもある。羨ましい。僕は相合傘をするカップルを見ると、7つの大罪のうち2つ3つがふつふつと脳内に湧き上がる。

 

しかし、僕はここであることに気が付く。人通りの多い道において、相合傘は、非常に有用ではないかと。人通りの多い道は、当然のことながら人間が多い。その中のほとんどの人間が傘を差している。日本人の多くが傘を差すと雨に濡れないことを知っていることに感心するが、人ごみの多くが傘を差すと、道の狭いこと日本では、傘をぶつけ、ぶつけられ、叩き、叩かれ、血で血を洗い、最終的に雨で流される。相合傘は2人分のスペースを1人分まとめ、限られたスペースの節約をしているのだ。これは世のため人のためになっている。政府が推奨していてもおかしくない。

 

これは相合傘への誘い文句として用いることができそうな気がする。男性が女性を何かに誘うとき、何かを建前にすることが多い。「少し休憩していかない?」が好例である。女性を相合傘に誘うときに使えるかもしれない。

 

時刻は17時を回った。僕は帰り支度をし、誰に向けたとも言えない挨拶をしてエレベーターへ向かった。エレベーターに乗ると、ひとりの女性がいた。僕とは違う部署の2つ上の先輩である。髪は肩までのウルフカットで明るい。くりくりとした垂れ目で、ぽてっとした輪郭がどことなく狸を思い起こさせる。彼女とは先週あった会社の飲み会で初めて会ったのだが、好きな音楽の話や狸が好きすぎると人間は狸に似てくる話で少しだけ意気を投合した。僕はビールを鯨のようにのみ、からからと笑う彼女の姿に惹かれていた。

 

「あっ今帰りですか?」と声をかけた。

「そうなの。君も?」彼女は明るい口調で言った。

2人称で『君』を使う女性の先輩は最高である。我々は先週の飲み会のことを話ながら出入り口まで歩いてきた。外は雨がざーざーと降っていた。「雨だね~」なんて言いながら、先輩は傘を開こうとする。

 

ここで僕は言った。

 

「相合傘で帰りませんか?ほらっ、相合傘の方がスペースの節約ができてよくないですか?道も狭いし、人も多いし」

 

 

と、ここまで脳内の妄想フォルダNo.589を活字に起こしたわけだが、僕はこの文章の落としどころとして「気持ちの悪い孤独な24歳一般男性の悲哀」を用いようと思っていた。しかし、この誘い方は後輩の男性社員がするものとしては非常に可愛いものである気がする。僕がこの架空の狸女(たぬじょ)なら、キュンとくる可能性がある。

 

是非と好悪がわからないので誰か教えてください。助けてください。