緑黄日記

水野らばの日記

ひとりで誕生日パーティーを開いた23歳の春

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先日、僕はめでたく24歳の誕生日を迎えた。リアルな年齢である。20歳を過ぎたころから「あれ?もしかして人生始まってきた?」と思っていたのだが、この年齢まで年を重ねたことで確信した。人生が始まっている。しかも人生始まってもう24年が経っているらしい。恐怖である。『始まり』には必ず『終わり』が付きまとう。僕が『始まり』を確信した24歳の誕生日は、僕の人生が『終わり』を迎え始めた日でもあるのだ。恐怖である。

 

 

昨年の誕生日のことを思いだす。4月の終わり、改元ムードに沸いていた今年とは違い、ひっそりとした月末であったことを記憶している。

当時、僕は大学生という身分ではあったものの、実際としては、何というか、形容のしがたい、強いて言葉にするのであれば、猫のような生活を送っていた。眠たいときに惰眠をむさぼり、お腹が空いたら食べ物を調理もせずにむさぼる。散歩に出かけ、日当りのいいベンチに座って空を眺める。時々は人間に戻って、大学に足を運んだり、家事や買い物に行く。そしてまた猫に戻って布団で丸くなる。このような生活であった。

 

深夜2時ごろに昼寝から目覚めた。スマホを確認し、今日が自分の誕生日であると気がついた。僕はひとりで誕生日を祝ってみようという気になった。僕にも誕生日を祝われたいという矜持はある。僕だって生を受けた感謝、この世に生きる喜び、そして悲しみのことを祝われたかった。しかし、当時僕には恋人はおろか、友達もいなかった。そのため、誰かに面と向かって誕生日を祝ってもらえる可能性はゼロに等しかった。飾り付けられた部屋でハッピーバースデートゥーユーを歌われることも、顔面にパイを食らうことも、プレゼントとして三角コーンを贈るというボケをされることも無い。自分で自分を祝うしか道は残されていなかった。僕は誕生日ケーキを買うためにコンビニに向かった。

 

深い闇の中にぽつんと光を落とすコンビニは宇宙船のようで、今にも飛び出しそうであった。コンビニには誰もいなかった。店員でさえ目に見えるところにいない。僕はスイーツが並べられた棚からプラスチックの容器に入った四角いショートケーキを手に取り、かごに入れた。そして、500mlのスプライト、コンソメ味のポテトチップスをかごに放り込んだ。僕はいつの間にかレジに立っていた無愛想な青年にお会計をお願いし、ケーキたちの入った袋を下げて帰路についた。

 

僕は家に帰ると、意気揚々と戦利品であるケーキ、ポテトチップス、スプライトを机の上に広げた。ケーキの透明なプラスチックの蓋をとり、ポテトチップスをパーティー開けにし、スプライトをグラスのコップに注ぐ。騒がしい机上である。パーティーとは騒がしいものなのだ。誕生日パーティーの始まりである。僕はスティービーワンダーの『Happy birthday』を歌いだした。「いや、そっちかい!」というボケである。無論、ツコッミをしてくれる人も、笑ってくれる人もいない。

 

僕は早速ケーキを食べることにした。ケーキにまかれたセロファンをはがそうとケーキに手を伸ばした時、僕はあることに気が付いた。そのケーキは四角い一つではなく、三角のケーキが2つ並んでいるのだったのだ。綺麗に並んでいたため、僕は1つだと思い込んでいたのだ。これはひとりで自分の誕生日を祝うためのケーキではなく、誰かと2人で分かち合う用のケーキだったのだ。

 

僕は泣いた。