緑黄日記

水野らばの日記

人生にはいつか年下の人間に髪を切ってもらう時が来る

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行きつけの美容院に足を運んだ。僕は大学生の時からこの美容院に通っており、担当してくれる美容師さんも毎度同じ人を指名している。

 

いつも美容院の予約はインターネットでしている。小学生の時からおもしろフラッシュ倉庫に親しんでいた僕だ。これくらいはお手の物である。事前に日時、施術内容、美容師さんなどネットを介してお店に伝えている。

 

雑居ビルの階段を上り、茶色のドアを開ける。カランコロンカランと古い喫茶店のような音が鳴る。奇抜な髪色の受付のお姉さんに促され鞄をロッカーに預け、鏡を真正面に相手取った椅子に座った。やばいな、ちょっと髪型気に入ってきたなと思いながらも待つ。

 

すると、若い青年が「今日はよろしくお願いします」と話しかけてきた。はてな、と頭の中で?が躍った。いつもは30歳くらいの笑顔が素敵なお姉さんに髪を切ってもらっている。旦那さんとのほっこりエピソードが武器の敏腕美容師である。しかし、今回は後ろに若い青年がニコニコしながら立っている。明らかに僕より年下だ。髪は短髪でツーブロックの金髪、眉毛は綺麗に整えられ、異様な目力がある。プルプルとした綺麗な肌が若さを物語っていた。ここで僕は自分の失態に気が付いた。美容師さんを指名し忘れたのだ。完全にミスった。しかし、ここでわたわたと慌てふためくわけにはいかない。僕はいい大人なのだ。僕は何でもない風を装い、「よろしくお願いします」と頭下げた。人生で初めて年下の人間に髪を切ってもらうことになる。

彼は僕が要望を伝えるとハサミをちょきちょきと動かし始めた。

 

僕は彼の所作を鏡越しに見ていた。すると、僕はじんわりと恐怖を感じてきた。正確には恐怖らしきものである。なんとなく、本当になんとなく怖い。背中に汗が伝うのを感じる。僕はこの恐怖の原因を思案する。彼の技術はプロのそれで、危なげなところはひとつもない。しかしなんなのだこの恐怖は。

 

僕は恐怖の原因に気が付いた。そもそもこの状況がおかしいのだ。背後で凶器を持った人間がいて、その凶器を何やらいそいそと動かしている。よくみると彼は僕の人体の一部を切り刻んでいる。異様だ。恐怖を抱かない方がおかしい。今までは年上の人間が切っているという安心感があったが、今回は年下だ。ギリギリせき止められていた恐怖のタガがゆっくりと外れたのだ。

 

僕は今年で24歳になるが、自分のことを未熟で危なっかしいと思うこと多々ある。24年も生きてきてもまだこんなことになるのかと。髪を切ってくれている彼がそれ以下の時間しかお天道様のもとで生きていないとなれば、彼の腕に疑問をもつのは自然の運びである。たしかに人間は生きた年月では何も決まらない。僕より落ち着いた、危なげのない人間は多くいるだろう。年下であれ、それは変わらない。というかほとんどの人間はそうである。そういったことは理解しているが、恐怖とは生物にとって根源的なものであり、理解で乗り越えるには根拠が足り得ない。それもそのはずである。彼は初対面なのだ。人間は互いを信頼しながら生きている。信頼関係とはそれに足る根拠があってこそ生まれるのだ。

 

一回お茶してから髪を切ってもらいたい。