緑黄日記

水野らばの日記

満員電車で高次の生命体の存在を感じる

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島根県出雲市から高速バスに乗り、5時間バスに揺られ、阪急梅田駅で降りる。約1か月ぶりの大阪、1ヵ月ぶりの都会の喧騒である。阪急3番街のバスターミナルから歩き、ビックマン前広場の階段を上り、大阪駅へと続く歩道橋を渡る。右手にはヨドバシカメラのビルが見える。空は四角く切り取られていてひどく狭く感じる。周りは人、人、人。人が河川の水のようにごうごうと流れていく。僕はその濁流に身を任せ先へ先へと流されていった。人が多い。恐らく今年の漢字は『人』になるだろう。人が多いので。そして、「人類は増えすぎた。減らさなければ。」というRPGのラスボスみたいな考えにもなる。

 

駅構内のカフェで一服し、長旅でつかれた体を癒してから電車に乗る。帰宅ラッシュの時間だったためか、車内は混雑していた。人間の間隔が狭い。近い。島根県では感じることのない他人との距離である。頭に『人権』の2文字が浮かぶ。いつまでこんなことをやっているのか。平成も終わるんだぞ。先進国だろ。

 

僕から2メートルほど離れたところに母親に抱かれた小さな男の子がいた。彼はまるで何かにおびえるかのようにグスングスンと小さな声を漏らして泣いていた。心なしか彼の着ているトレーナーに描かれたトーマスも悲しそうに見える。車内にはゴトンゴトンと電車が揺れる音と彼のすすりなく音だけが響く。

 

彼は何故泣いているのだろうかと妄想にふけていたところ、段々と、この小さな男の子が正しいような気がしてきた。怖さを感じる方が自然ではないか。泣いている方が普通ではないのか。

 

混雑した電車に乗っている我々の様子を言葉で表すとすれば、『大きな箱に多くの人間を鮨詰めにし、レールの上を猛スピードで走らせる』である。そしてたまに人を轢く。やばい。人間をおもちゃにして遊んでいる高次の生命体の存在を感じる。恐怖を抱かない方がおかしい。

 

つり革を掴み外を眺めて立っているスーツ姿のおじさん。スマホを仕切りにスクロールする妙齢の女性。参考書で勉強する男子高校生。パズドラをする襟足の長い奴、そして僕。みんな恐怖に麻痺しているのだ。この中世の奴隷船より過酷な環境を異常な状態だと認識できていないのだ。これが正常性バイアスである。

 

おい!足を踏むな!リュックは下に下ろせ!満員電車はクソ!!!