緑黄日記

水野らばの日記

「雑飯」「ズボラ飯」という呼称は選民意識の表れ

f:id:rabamizuno:20190211143245j:plain

僕は味覚が終わっている。

 

白いご飯にマヨネーズをかけただけのものを「コンビニのツナマヨおにぎりの味がする~」と思いながら食べる。ツナもあまつさえノリもないのに。

フルグラをお皿に注いだ時点で牛乳がないことが発覚し、そのままボリボリと食べることがある。

卵かけごはんに麺つゆをかけて食べることにはまっていた時期に、試しに麺つゆだけでご飯を食べてみて、自分がはまっていたのは卵かけご飯ではなく麺つゆだと判明する回があったりする。

大抵のものは美味しいと感じるので、こういった普通の人から見たら一汁一菜にも満たない人権のない星の急いだ時に出される飯をほぼ毎日食べている。

 

インターネットでは「雑飯」や「ズボラ飯」というものがある。手間暇をかけず、適当にこしらえた料理や手抜き料理のことを指すものである。インターネットにある「雑飯」や「ズボラ飯」と称されているものは僕から見たられっきとした料理である。しかも手間暇、手間と暇をかけた、ちゃんとした料理である。「食」に関して人間が人間たる所以である「料理」である。

「雑飯」「ズボラ飯」は、ちゃんと美味しくなるように調理をしているのにもかかわらず、「雑」「ずぼら」を称しているのがいただけない。料理だけに。

ひき肉をさっと炒めるな。ごま油?そんなものはない。明太子は普通に食べられない。「雑飯」に火や包丁を使うな。完全な料理だそれは。本当の「雑」とは何なのかを教えてやりたい。本当の雑さを教えてよ壊れかけのレディオである。

 

ある程度手間暇かけている料理を「雑飯」や「ズボラ飯」と称する人間は、「食」に関しての選民意識を持っている。

『私は普段は手の込んだ料理を、いや、あなたたちから見たら手の込んだもの思えるかもしれない料理を普通のものとして作っていますの。そんな簡単に作れるものを料理とは言えないざます。「ずぼら飯」や「雑飯」と呼ぶのが関の山ざますよ。まぁたまに、たまに中のたまに私も作るざますが。おほほ』

という声が聞こえてくる。料理を差別をするな。これだから人類は争いを止めないのだ。

人間が少しでも手を加えた食べ物は全部「料理」とする。

 

以上自身の食生活への言い訳でした。